事例紹介

-事例紹介-

新採教諭の過労自殺事件

弁護士 小笠原里夏(2014.7.11作成)
 これまでに担当した労働事件の中で大変印象深かった、新採女性教諭Kさんの過労自殺事件を紹介します。

 2004年4月に静岡県の小学校教諭として新規採用されたKさん(当時24歳)。希望にあふれて教職についたそのわずか6か月で焼身自殺をしました。
 Kさんの母親は、生前Kさんから聞いていた話やKさんが亡くなった後に周囲の方から聞いた話から、Kさんが自殺をしたのは、新採教諭のKさんに対する指導やサポートが不適切であったからだと確信し、Kの自殺を「個人の問題」として片づけられては、娘と同じ被害にあう新採さんがまた現われるであろうという問題意識から、娘の自殺は業務(公務)の過重さが原因であるとして、労働災害(公務災害)の認定を求めることを決意しました。

 極端な長時間労働の事実を立証できる場合を例外として、労働者の自殺が労災として認定されることはごく稀です。Kさんの事件も、何か特別な出来事があったわけではなく、日常的な業務の過重性の積み重ねからうつ病を発症し自殺に至ったケースだったため、労災として認定されるには非常に高いハードルを越えなければなりませんでした。
 そこで訴訟戦略としては、情緒的に「大変な業務」「負担の重い業務」と主張することはやめ、代わりに「精神疾患を発症させるリスクの高い業務(緊張感・不安感・挫折感・孤立感等を日常的に強いられる業務)の遂行を強いられた」「24歳の新人にとっては遂行困難・遂行不能な業務の遂行を強いられた」と主張し、なるべく客観的な観点から過重性を立証することを心掛けました。
 Kさんのご両親を支援する輪もどんどん広がり、支援者の方が毎回法廷の傍聴席を埋めてくれました。 運よく、良心的な裁判官にも巡りあえました。
 その結果、裁判所はKさんの自殺を業務に起因するものと認定し、Kさんの自殺は労働災害であるとのご両親の訴えが認められました。この勝訴判決を二審でも維持するべく、様々な工夫をした結果、二審の東京高裁でも勝訴を勝ち取ることができました。

 学校の先生方の業務の過重性というのはなかなか理解されないものですが、「先生の言うことは聞くのが当たり前」という時代はとうの昔に過ぎ去り、今は担任の先生に相当の力量がなくしては円滑な学級運営は難しい時代になっています。そうであるのに、大学を出たばかりの経験の浅い先生に、障害を抱える児童の適切な指導や、保護者からのクレーム対策をまかせっきりにするのは、あまりに無謀です。新人のKさんは、本来教育とは対極に位置づけられるはずの極端な成果主義や即戦力重視の風潮に苦しめられたのだと思います。
 このような問題意識を追認してくれる判決を得られたことは大変大きな成果でした。あとはこのような問題意識が社会全体に広がってくれることを願っています。

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